2015年08月31日

いよいよ八月もお終い

 毎朝、「ピッ」とエアコンのスイッチを入れていたのに、このところ朝夕がめっきり涼しくなりました。今日で8月がお終い。
 つい先日、隣村の新城地区で村おこし行事がありました。「美し村新城夏の宴」(確か) 6月の「村民の集い」に呼んでいただいて落語を聞いていただいて顔見知りになったし、大日寺寄席でいつも一緒にやっている三味線サークル「あつみ会」の皆さんが出るしというのでいてきました。
 会場は新城小学校跡です。ここは日本の山村留学の草分け的な学校でしたが、受け入れ側が高齢化して、もはや受け入れは困難と廃校になったのです。今はいろんな団体の活動拠点となっています。絵画教室あり、ダンス教室ありと。
 運営スタッフの頑張りと努力で大層な賑わいでした。
 いつも思うのですが、イベントでバーッと火の手を上げた後、それがドンドン燃え広がるかと言えばそれが難しいのです。
 やっぱり、生活が成り立つ経済的土台が無ければやっぱり先細りは避けがたいのじゃないか。もう一つ、「豊かさ」に対する価値観の変容が必要かなと思います。
 戦後70年。そろそろ、立ち止まって周りを見回す時ではないでしょうか。
 ひと月に一日くらいはテレビをやめて、生のお笑いに耳を傾けるのもいいのではないでしょうか。
  (旧新城小学校)

  


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2015年08月24日

 心地よかったなぁ

 昨日[8月23日] は「ひるさがり亭」八月寄席でした。
 客席は、一般のお客さん2人、ぬりもの館のスタッフ2人、出演者の家族1人、出番のなかった噺の会のメンバー1人で合計6人(7人という説もあるが・・・?)
 昨年の八月席は一般のお客さんが四人だったので、記録更新。で、今回お越しになったお二人の内のお一人が、
「昨年の四人の中の一人やったよ」と教えてくれた。有り難いことに、
「来月も来るよ」と言って、帰られたのだ。
 以前、どこかで書いたが、
「久しぶりに下手な噺でも聞いてやろう」とぬりもの館に来たら落語・講談をやっている、そんな感じでお客さんが来ていただけたらいい。無理に客席を埋めることもない。開演時間が近づいて、客席がガランとしていても、ぬりもの館界隈がガランとしていてもちっとも気にはならない。お客さんが一人でも来られたら、一生懸命お喋りをする、それでいいのだ。
 昨日は大層いい空気が客席に漂っていた。きちっと、耳を傾けていただいたので気持ちよくお喋りが出来た。
 落語を語っていて何が気持ちいいと言って、体の力が抜けて噺の世界を漂うことだ。
 「噺」は文字に留まる死骸ではない。この硬直した体を空間にバーンと解き放ってくれる一種の舞踏に似た一面がある。
 昨日はこんなことを十分に味わうことのできた貴重な一日だった。

 9月の寄席はひるさがり亭は9月27日です。
  それ以外に皆様にお越し願えるのは、
 〇 稲むらの火の館DE落語・講談を聞く会
  9月5日午後1時 広川町「稲むらの火の館・濱口梧陵記念館」
       入場無料。
 〇 南丘邸落語・講談会
   9月13日 午後1時 紀ノ川市南丘邸 
       入場無料。ただし紀ノ川市の入場整理券が必要です。
 〇 その他6日、10日、11日、16日、17日は公民館行事、
   介護施設で落語・講談を聞いていただくことになってます。
  


  


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2015年08月22日

ひるさがり亭 八月席は明日です。

 ひるさがり亭 八月席は
 明日 8月23日日曜日、午後一時開演です。
 入場無料です。
 場所は海南市黒江「黒江ぬりもの館・二階ギャラリー」
 出し物は、関大亭忍狂が「東の旅」のうち「煮売り屋」と「七度狐」を続けて聞いていただくと意気込んでいます。
 和歌亭萬年さんは明日、舞台に上がってから決めるとのこと。
 天神堂梅紅さんは訳があって、ひさご亭江香に改名しました。何故かな?

 「ぬりもの館」ですが明日からリニューアルの為少し休んで9月2日から再び営業とのことです。どうなるか楽しみですね。
 写真はぬりもの館近くのオブジェ。漆塗りに使う盥かな?

 
  


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2015年08月20日

 ヘールシャム

 NHKの白熱教室でカズオイシグロ氏の文学講座を見た。
「へー、こんな人やったんや」
 なぜ小説なのか、なぜ小説を読むのか?小説だからこそ虚構の世界を描けるし、虚構の世界を楽しむことができるというようなことと理解した。身辺を題材にグダグダと語るような小説に飽き飽きしていたので早速いカズオイシグロ氏の「わたしを離さないで」を読んだ。
 介護人キャシー・Hの語りを通して「ヘールハイム」とルース、トミーとの葛藤が描かれているが、彼らが将来臓器提供のために造られた複製人間であることが徐々に明らかになる。ヘールハイムは彼らが育てられる施設だ。ヘールシャムのもともとの意味は分からないが英和辞書から勝手に「地獄のペテン師」と翻訳できる。
 小説は、彼ら複製人間の誕生やその背後機関、そして何より彼ら自身が自由を勝ち取る戦いには一切踏み込まず、淡々とした人間模様、葛藤、恋愛、友情が静かに淡々と語られるが、(提供者)(保護官)(介護人)(複製元―ポシブル)などの言葉に彼らの実像が見え隠れする。
 虚構には違いないがリアリティを感じるのはやはり作家の力量だ。
 噺も虚構と分かっていても、人々が聞いてきたのはリアリティーがあるからだろう。
 語り手のキャシーも「・・・どこのセンターに送られるにせよ、私はヘールシャムもそこに運んでいきましょう…)と最後には語っている。
 いい小説を読んだら気持ちがいいものです。
 「わたしを離さないで」 ハヤカワepi文庫 800円プラス税金  


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2015年08月18日

 八月の「ひるさがり亭」

 8月の「ひるさがり亭」は 8月23日(日曜日)です。
 8月はお盆の月、出演はこの「ひるさがり亭」だけ。
 7月末までで41回もあちこち出かけて、9月も8回の出演があります。
 「ひるさがり亭には新ネタを掛けるぞ」と言うのが今の目標です。
 先々のことを考えたら、常に二つ三つは用意しなければならないのでちょうどいい休息になりました。
 15日のお盆からこっち、やや涼しくはなりましたがまだまだ暑い日が続いています。
 けれど、「ひるさがり亭」は暑さにも負けず、お客様が一人もいらっしゃらなかったらどうしようという恐怖にも負けず、愚直なまでに寄席を決行いたします。
   


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2015年08月16日

 蛇含草

 お盆は帰省や国内外に旅する人で日本列島は騒々しいが、仏祭りがあるわが家では「この暑いさなか、家にじっとしてたらええのに」とまるで他人事。13日に仏さんを迎えて、1昨日、15日の午後には送り火を焚いて帰っていただいた。
 まあ、仏さん方には二泊三日のこの世の旅というわけだ。
 そして、昨夜は村の盆踊り。天神堂梅紅さんは三味線グループの歌手で舞台上で民謡を歌っていたのです。三曲も。上手下手はさて置いて「ちっとも上がることはなかった」そうですから、舞台度胸がついたんでしょう。早々、彼女、名前を変えました。ひさご亭江香(こうか) 旭堂南鱗師匠の講談道場に再入門したからです。
 で、朝起きたら「今日は日本の話芸で『蛇含草』があるで」と教えられた。上方落語で蛇含草。餅を食べすぎた男が蟒蛇[ウワバミ]が消化剤としてペロペロなめてた草を口に含んだら、人間が溶けて餅だけが残ったという話で、餅をそばに替えたのが「そば清」(そばの羽織)。餅のままで演るのが蛇含草。
 上方人と江戸人の気質の違いだろうが、「ジャ・ガ・ン・ソウ」の音の響きがなんともなく人間のドロドロした我欲がにじみ出ていていい。
 このネタの眼目は我欲一杯のドロドロした人間を溶かしてしまう「蛇含草」という草そのものにあるのだからなおさらだ。
  


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2015年08月10日

会うが別れの初めなり

 もう亡くなりましたがSさんという伯父がいました。お百姓さんで日頃は大層な紳士なのに結婚式などの宴席でお酒が入るともう、相手構わず「お〇こ」の連発でした。その伯父の口癖が「会うが別れの初めなり」なんです。一期一会の出会いを大切にということだったんでしょう。
 さて、先日紹介したスペインの若者エドが再び旅立っていきました。
 変な縁でしたが二日間も過ごしたので別れはやっぱり寂しかったです。
 家族全員がタオルに寄せ書きをして手渡しました。(写真の肩の白いのがそれ)
 エドとは今生で会うことはないだろうけど、記憶の中でしっかり生き続けことでしょう。
 23日の海南黒江「ひるさがり亭」はそんな彼に旅ネタを送ります。
 東の旅から「煮売り屋」と「七度狐」を連続で一時間弱、聞いていただこうと思ってます。人様の迷惑も顧みず・・・・
  


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2015年08月09日

 へえ、縁やなぁ!

 偶然などはなくすべて必然じゃないかと思いますね。
 昨夜のことです。近所のキャンプ場でちんどん屋風のグループのミニコンサートがあるというので息子夫婦と彼らの友達と出かけました。夜の八時です。会場に着いたら一人の外人青年(エドさん。31歳。スペイン人のチャリダー。後でわかりました)が「ここでテント張ってもいいか尋ねてほしい」というので音楽グループを呼んだ主催者?さんに尋ねたら「予約をしていないのでダメだ」と断られました。「お寺で聞いてみようか」と思ったんですが「ええわ、うちに来てもらおう」とわが家に案内しました。
 車の後ろから頭に電燈をつけてホイホイ自転車で着いてきました。
 ともかく、お風呂に入ってもらって、夕食を出しました。その夜は息子夫婦の友達が三人来ていて焼き肉パーティでしたがその時点で、何もなくて冷ごはんと冷凍のカレーがあるだけでした。
 聞けば彼、旅に出て二か月で日本に来て二日目とのことでした。明日は高野山に行って熊野(彼の発音ではク・メ・ノ、何のことやさっぱりわかりませんでした)に向かうとこのこと。翌日(本日ですが、今日は一日みんなと遊んで明日出発に変更)
 さて、縁と必然の話ですが、息子夫婦も友達もみんな海外貧乏旅行で知り合った仲間で、みんなそれぞれ旅行先で見知らぬ人々にお世話になった経験の持ち主ばかり。そんな若者が今度はスペインの若者の手助けをしたのです。それも和歌山の片田舎で。すごい縁だし必然だと思いました。それにしても、「海外の旅行客なのに、しかも夜の八時に予約が無いから駄目」とはどんな感性なんでしょうか。地元の紀美野町のキャンプ場だけに「おもてなし」の心が無いのかと情けなくなりました。
 写真は梅干し作業をするエドさん。後ろは彼の洗濯物。
 
  


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2015年08月03日

 そこに行けば「寄席」がある

 落語・講談は寄席小屋があって初めて成り立つんじゃないかな。
 演者はその日のお客さんに応じてネタを選んで演じる。次から次に噺家だの講談師だの色物師が出てきて、一日をたっぷり楽しめる。
 お客さんだって「三十石」「稽古屋」なんて演目をリクエストしたり。演者によっては居眠りタイムになったり。噺家もずいぶんと鍛えられたことでしょう。
 ところがホール落語は演者も演目も決まっていて、いわゆるファンが座席を埋めるのだから「ええ、なんで笑うん?」とびっくりするほどだ。昔、と言っても昔の寄席小屋は大坂から姿を消して久しいからその空気を味わったことはないが、夫婦善哉の店の近くに「紅梅亭」だったかがあったという路地がある。そこに立ったら「へえ、寄席小屋ってこんなに狭かったのか」とびっくりする。そんな小屋がいくつもあったら、落語はもっともっと面白いのにと残念だ。寄席小屋を失くした落語はやっぱり衰退していくのだろうなぁ、なんて悲観的になってしまう。
 そこでというのもおこがましいが、私たち、坐・噺の会は黒ぬりもの館「ひるさがり亭」を寄席小屋にしていきたいなぁと頑張ってます。
 そのためには 
 必ず第四日曜日は寄席を開く。(やります!)
 ネタは複数準備して舞台に上がる。(できるかな?)
 二時間はやる。(むむむむ?)

 ともかく、第4日曜日午後一時から黒江ぬりもの館二階ギャラリーでは定席「ひるさがり亭」をやっています。
   


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