2015年10月27日

10月「ひるさがり亭」無事終了

 10月のひるさがり亭が無事打ち上げいたしました。
 無事とはいうもののなかなかのハプニングがあってお客様にはご迷惑だったかもしれません。心を広く持って、「これもライブの面白さだなぁ」と思っていただけたら幸いです。
 会には常連さんもお越しでしたし、お初にお目にかかるお客様もお出でで、皆さん、なかなかに笑いの感覚が良くて、大変ありがたかったです。またお越しくださいませ。
 会終了後はいつものように私の落語大学の同窓生の童楽宅で打ち上げでした。私はお酒は一滴も飲めませんがずいぶんと楽しい時間を過ごすことが出来ました。
 会の始まりはもうくだらない話に終始しますが最後はきっちりと落語話になります。童楽は私の落語の出来を評して、
「この頃、ひつこなってきた」
 なかなか自分の出来が分からないのでそう言ってもらえるのが大変ありがたいのです。そうなんですね。笑いはあまり意識していないのですが、ついそうなってしまうようです。気をつけませんといけません。
 来月のひるさがり亭は11月22日です。
 このところ恒例になって来まして第4回女流講談大会です。
 皆さんまたお出かけください。
   


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2015年10月24日

昨日、今日、明日

 このところ月末に出演がすることが多い。
 昨日は地元の毛原小・中学校の保護者教室。そこに海南高校美里分校の高校生、それに地元のゲートボールクラブのお年寄りも参加して、100人前後。6歳7歳の小学生から80歳90歳のお年寄りと何とも幅の広い客層だった。地元の郷土史家である森下氏の講演の後七度狐を聞いて貰った。
 それが昨日のこと。本日は同じつ町内の吉野集会所で劇団「げんき座」の皆さんとコラボ。
 この集会所はもとは小川小学校吉野分校の跡地だ。何年か前にはまだ、児童横断の錆びて、色あせた立て看板版が道際に見かけた。その頃は分校はなくなっていたはずだが、その立て看板が妙に記憶に残っている。
 それが今日のこと。明日は「ひるさがり亭」で10月は終わり。11月は9件。どんなお客さんと出会えるか楽しみだ。
   


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2015年10月19日

 ひるさがり亭10月席のご案内

 ひるさがり亭10月席   入場無料
 日時:10月25日 日曜日
      午後1時開演
 場所:海南市黒江 黒江ぬりもの館2階
 出し物:
  和歌亭萬年  鍋墨大根
  ひさご亭江香 三方ケ原の物見[講談]
  千里家罰太  どうらんの幸助
  あきこ    紙オカリナ演奏
  関大亭忍狂  浮世床

*今回は落語・講談以外の出し物があります。
 紙のオカリナ演奏です。どんな音がするのでしょうか?

 すがすがしい秋の一日です。皆様のお越しをお待ちしております。  


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2015年10月19日

福笑ひとり舞台を聞く

 高槻市でたまたま「福笑ひとり舞台」を聞く幸運に巡り合った。
 旧西国街道の一部が市の芥川商店街になっていて、おそらく街道沿いの宿屋だったんだろうと「亀屋」といういまは割烹旅館がその会場だった。たまたま、江香さんに誘われて帰りが夜のことで宿をとったのがその亀屋さんだったのです。
 出演は福笑さんだけ。出し物は三席。
  もう一つの日本
  二人ぐせ
   お仲入り
  入院
 福笑師のファンとして福笑世界を堪能いたしました。
 それにしても師の魅力は何なんでしょうか?  


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2015年10月14日

 黒江の寄席小屋について

 以前、和歌山の寄席小屋についてご教示を願ったところ、亡くなった黒江のおじいさんが話しておられたのをうっすら記憶していると教えていただきました。ところが私はお礼の返信の仕方が分かりませんので今、こんな形で申し訳ありません。
 私が高校生の頃はまだ海南から和歌山駅(その頃は東和歌山)と市駅に路面電車が走っていました。車体を飾り立てられた花電車が走るというので見に行った記憶があります。今は、海南市も見る影もなくすたれていますが、そんな賑やかな華々しい時代があったのですね。大層、にぎやかな町だったようで、石山本願寺の和歌山の中心が黒江にあったようで、信長と本願寺が戦を繰り広げた折には黒江の信者がバックについていたくらいで。
 坐・噺の会が「黒江ぬりもの館」を拠点に毎月「ひるさがり亭」をやっているのも何かの縁だと思います。
 その「ひるさがり亭」今月は10月25日です。
   


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2015年10月13日

 ムクちゃんのこと

 私の倅が紀美野町の奥にあります美里温泉のカフェ「エストレージャ」(多分それであってると思います)で働いています。何しろ山奥のことでフロアー担当者がなかなか見つかりません。で、支配人がつてを頼りに来てもらったのがムクちゃんでした。二週間だけ。
 世の中には色々な生き方があるもので、ムクちゃんは高校卒業後衣服関係の企業で若くしてバイヤーになったんですが、どうも若くしてバリバリやるのが身丈に合わないというので辞めて、今は自由に生きているのです。次は、京都の瞑想センターに行くらしいです。
「今はやりのスマホは持っていません。ラインもしませんし、フェイスもブックもやりません。もっているのはガラ系の携帯だけ」
「あら、めずらしい」
「冬になったら、ミカン取りの仕事に行きます。その頃、紀美野に来るかもしれません」
 昨夜はたこ焼き送別会の席で語ってくれました。若くても時流に流されない人もいるものだと感心しました。
 この頃、そんな人たち会う機会が多くなっているような気がします。
 ムクちゃんまた会いましょう。
 
  


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2015年10月13日

奉納講談!

 (厳かな口調で)
  本日は矢の宮神社様の秋の大祭でございました。神事といたしまして畏れ多くもわが噺の会の女流講談家[自称:八千草薫]ことひさご亭江香が講談を奉納いたすことにあいなりました。矢の宮の宮司さまの御所望で「矢の宮と孫市」を私:忍狂が創作したものでございます。
 奉納講談でございますので、神社本殿が舞台でございましてお客様は神事にご参集の神社役員の方12名と神職4名のみ、厳かなる空気に包まれての口演でございました。

  皆様に神様のご加護がございますようにように
 「祓え給え~、清め給え~」
  


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2015年10月08日

御存じでしたら教えてください、和歌山の寄席小屋

 文我出席控に名前が出てくる和歌山の寄席小屋は以下の通りです。
〇和歌山市梶橋席 不明
〇和歌山紀国座 
 和歌山市元寺町二丁目明治11年開場、明治40年映画館になり、 昭和12年焼失。
〇和歌山黒江朝日座 不明
 記録によれば、黒江駅から川端通りに向かう黒江坂にあったが、その後東浜通りに移転したらしいが、詳細は不明です。

 今でこそ和歌山は上方落語的には外様ですが、名人二代桂文枝を出し、上のように寄席小屋もあったのですから、上方落語にとって和歌山は案外身近であったのではないかと思います。
 そのな事々ご存知の方、ご教示くださいませ。

   


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2015年10月08日

初代桂文我出席控

初代桂文我は筆まめな人で、自身が出演した席の日時、演者を記録したのが残っている。創作ではないし、日記の体でもないがー数行程度メモ書きはあるー見ていて当時の空気を吸うことができる。
 出版は大阪芸能懇話会。ノートは全6冊あるのだそうだが、現存しておるのはそのうちの4冊。全部が全部、現物ではなくて写本だけと言うのもある。何代目かの三遊亭円生氏に貸したあと行方不明になっていたがひょっこり古書展で見つかった。面白そうだなぁと「日本の古書店」で検索したら、復刻版4冊のうち1号と3号だけでした。2号と4号は国立国会図書館で複写してもらっています。
 さてさて、現在上方落語の定席は天満天神繁盛亭だけです。
 明治18年1月(書き始めの年)文我師が出演したのは、
 天満天神亀の池 昼席
 淡路幾代席
 道頓堀竹よこ席  昼・夜
 天満八丁目席  夜
 新町扇や席    夜
 曽根崎ばし幾代席 夜
 の6席に出演している。正月で世間は賑やかで「落語でも聴きに行こう」という客も多いからに違いない。他の噺家に比較して多いのか少ないのか分からないがともかく出番は多いなぁという感想を持つ。
 ちなみに2月1日から、
 堀江賑江亭
 14日からは、
 九軒末広亭
の2席だけ。二八[にっぱち]は興行ごとは不振と言うがその通りだ。
 落語はライブでしかもマイクを使わない小さな席でこそ生きられる芸だと思う。人と人が疎遠な時代だからこそ、小さな席で生の芸を堪能したいものです。

   


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2015年10月04日

社会人落語日本一決定戦

「第7回社会人落語日本の一決定戦」で後輩の関大亭笑鬼君が見事優勝をかっさらってくれました。
 昨年は、決勝戦に二人進出したのですが、残念なことに優勝は立命館の落語研究会のOBの手に落ちたのです。「おお悔しいな」と我ら関大の落語大学のOB.OGは悔し涙にくれました。
 さて、今年も昨年同様、関大亭笑鬼、千里家万馬の両君が決勝戦に駒を進め、笑鬼君が見事優勝となりました。
 笑鬼君は私たちの二級下で現在、喜六会(OB会の名称)の会長として、獅子奮迅の活躍をしてくれています。このごろでは練習会を開いて後輩諸君の面倒を見てくれています。
 今後とも健康で落語道に励んでくれることを期待しています。
 学校を卒業しても未だに先輩後輩関係を堅持し、いたるところで落語会を開いているのも珍しいのではないかと思っています。
 坐・噺の会もその流れを汲むものとして和歌山の地で励んでいく所存ですので、隅から隅までズズズーイーと御願い上げ奉りまーす。

 本日は湊地区敬老会に賛助出演しました。
 ご老人140名、スタッフ30名。合計170名のお客さんでした。
  萬年さん  「始末の極意」
  江香さん  「雑賀孫市奮闘記よりー和歌川の決戦」
  忍狂は司会を務めました。
  今日また、楽しい一日でした。
  
    


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