2016年03月28日

 三年連続の[あやめ学園修了式]

 居候三杯目にはそっと出し
 何事も三度目となると何となく厚かましいような気になるものだ。
 町の老人講座の修了式の講師と言う名目で「お楽しみ落語会」に呼んでもらって三年連続三回目となる。
 「また来たんか」
 と思われやしないか。あるいは、面白くなかったら、
 「もっと、ほかに適当なのがないのか」
 なんて担当者の方が責められるんじゃないか、なんて、つい、後ろ向きの考えになってしまう。
 前回、前々回は花曇りと言うのかお天気が歩くって雨が降りそうだったが、今年はいいお天気に恵まれた。
 会場は前回と同じだが、前二回は三部屋ぶち抜きだったのに、今年は二部屋だった。一年と言う時間は人にとってなんらかの不幸ごとが起こるには十分なのだろう。
 それでも、第一回目に、コンテナを積み上げて舞台を作っていたら、
「大丈夫?落ちたりせんか?」と声を掛けて下すったおばあさんが、昨年に引き続いて今年も来てくれて同じ席に座っていた。健康そうで何よりだ。どこのどなたか知らないが、近所のおばあさんみたいな気になるから不思議だ。そのおばあさん、帰りに出口を見送っていたら、近づいてきて、
「来年は、色紙持ってくる。サインして」
と言った。サインなどおこがましいが、もし、呼んでいただけたら、そのおばあさに健康でぜひとも来てほしいと思う。
 もちろん、そのおばあさんだけではありません。会場に来られた皆さんが健康に過ごされることを願っています。
 来年またお会いしましょう(センター長には内緒です)。
   


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2016年03月27日

 「ひるさがり亭 三月席」 あれこれ

 本日、天気予報は午後遅くから雨。ところが家を出るときからポツポツ小雨模様。ぬりもの館路地でお行われる蚤の市も二つ三つ出店があるだけだった。
 会場はぬりもの館スタッフの皆さんが準備してくれていたので、みんなと四方山話をしていたら階下に話し声が聞こえて階段を上ってくる足音がした。やって来たのは外人さん。アメリカの方。
「私ハ、シカゴノアル、ミシガン州カラ来マシタ。オンタリオレイク・・・」
「そうですか。舞台にのって写真を撮ってください」
 と言って羽織を貸してあげた。
「オ―。サンキュウー」
「ハイ、チーズ」
 パチリ、パチリ、パチリ
 思わぬ、オ・モ・テ・ナ・シが出来た。
 外人さんが去って、12時半を過ぎたら、若い女性が来てくれた。前回途中で帰った方だった。毎回来てくれているので前々から一度お礼かたがたお話してみたかったので、
「いつも来てくれてありがとうござます。確か前回は途中で帰られましたね。私が舞台に出たらいなかったのでがっかりしました」
 と言ったら、
「すみません。洗濯機が配達されることになったので・・・」
「洗濯機に負けたんですね」
「あははは。今日は最後までいます・・・」
 とおっしゃる。長いことやっていたらこんなお喋りが出来るようになるものです。
 会場はほとんど常連さんばかりで、格好のいい初老の方がた、神戸大落研OB、妙齢の女性・・・」
 会が終わって一階のカフェで待望の甘酒を飲みました。
 そんな、今日の三月席でした。
 お越し下すった皆様ありがとうございました。
 お越し下さらなかった皆様、また一度お越しください。
   


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2016年03月24日

 「ひるさがり亭3月席・演目」

 今日は練習会の日でした。駐車場から路地に入ったら「ぬりもの館」に「甘酒」の幟が立っているのが見えました。美味しそうー
 練習会ですが、まずは例によって事務連絡。来週月曜日に日高川町で「あやめ学園」修了式の件でした。
 その後は雑談で空気(雰囲気)が温まってきたところで一人一人舞台に載って今度の「ひるさがり亭」の演目を聞いてもらいました。
 木津の勘助(講談)
 死神    (落語)
 近江八景 (落語)
 壺阪霊験記(講談) 江香さんが日高川でかけるのでその練習で 
              す。

 練習会が終わって一階に下りていきますとスタッフの方が、
「お茶入れたんんで飲んでください」
 とおっしゃるので、そこは遠慮を知らない私たちです。席に着いてお茶を頂いたんですが、メニューの「ぜんざい」に目がくらんで、思わず、
「ぜんざい、三つ」
 美味しい美味しいと食べていて突然、
「ああ、エライこっちゃ」甘酒のことを突然思い出したのです。
と言うわけで、甘酒はまた後日。演目は上記の三つです。お天気が心配ですが、会の後でも前でも「ぜんざい」や「甘酒」が待っています。是非お越しください。
  


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2016年03月19日

 天狗連の落語会

 アマチュアの落語家たちを称して天狗連と言います。素人連ともいうそうで、趣味が高じて自らも舞台に上がるようになった素人衆のことです。そんな用語はウィキペディアなどから引用しただけのことで、本題はそんな落語会がありまあすよと言うお知らせと言うか・・・。
 紀ノ川筋の橋本市隅田で「門前寄席」と言う名の寄席が60回も続いていると新聞に写真入りで掲載されていました。毎月、毎月のことですから立派なものです。
 で、私もちょっこし覗いてみようかと電話しました。
 すると、毎月第4土曜日、午後6時から門前歴史資料館でやっているとのことでした。
 電話口で場所を教えてくれたんですが地図を開いても門前図書館はあっても資料館はありません。
 どこやろと探していたらと隅田小学校のホームページに子供たちがで門前歴史資料館にに行った様子が載っていました。
 早速、見たら写真がありまして、建物正面に看板が二つ掛けてありました。一つは、門前図書館。もう一つが門前歴史資料館だったんです。
 場所が見つかりましたので、行ってみようかなと思ってます。
 皆さんも、もし、よろしかったら覗いてみてください。
 色々なグループが活動しているもんだと思います。
 お好みの落語会が見つかるかもわかりません。
  ℡は09038257188
  新聞に載ってましたからお知らせしてもいいはずです。


  


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2016年03月18日

 ひるさがり亭 3月席

 少し早いですが
  ひるさがり亭3月席のご案内

 日 時:3月27日(日曜日) 午後1時より
 場 所:海南市黒江ぬりもの館 二階ギャラリー
      入場無料
  *演目は今のところ不確かですが、
     落語「死神」
     講談「木津の勘助」
     です。 
 花粉症でお困りの方もおいででしょうが、心からお越しをお待ちしております。 
   


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2016年03月14日

鰐皮の瓢箪 「桂米喬」

 桂米喬は痘痕(天然痘の跡)が顔一面を覆っていたことから鰐皮と称されていたことは先に書いた。
 略歴を記しておく。
 1860年誕生
 1886年(26歳)2代目文我に入門 文蝶を名乗る
  入門以前は古物商であった。
  後、文団治門下に移り 米紫をへて二代目米喬に。 
 1904(明治37)年5月24日 死去
  男女二人の子供がいた。そのうち男の子は小米喬を名乗る。

 三友派の実力者であったことは死去を告げる大阪毎日新聞記事にあった通りである。
 死の前年の明治36年には三友派が一座を組んで東京に出向いているがその中に米喬の名前もある。
 一行は明治36年7月1日より
東京両国立花屋席に出演している。
 上京のごたごたを文我は出席控えに記している。
  「6月29日
   午前7時30分
   気車にて一座にて
   9時半に東京へ
   つき浅草猿屋町
   川上宿へ参り
   柳こうり15品の
   ところ14よりないと
   申てみなみなしん
   はいしてステンションへ
   はしるやらいろいろ
   しんぱいするやら大ごてごて二成
   ようようしれ升(まし)て
   みなみな大あんしん仕候
  ・・・(本文では数字は漢数字、「ごてごて」などは繰り返し記号あ   り。その他は本文通り) 
 東京ではあちらこちら見物をしていて、
    けんぶつ
  「両国橋より柳橋後馬車二て浅草観世音へさんけい
   横テみせ物小屋公園 そばやへは入馬車二てかへり
   夕方より吉原中の町へまいり
   宿へかえり候
  「上野公園へ馬車二てまいり
   上げ出しと申しよ新やへ入
   湯嶋天神とう(東)照権現へ
   さんけ(参詣) お玉やへ廻りしのばづ(不忍)
   の池目がねばしよりかえり候
  「亀井戸天神より深川不動
   さん八幡さんへまいりやぶそ
   ばへは入引舟じよき(蒸気船)二て
   かえり候

   続きは後ほど。
   続けます。
   米喬一行の東京での評判は明治37年7月4日の「都新聞」に詳しい。
   米喬のみを紹介すると、
  - 米喬ハ落語家式の面構えで東京の人気に適し、顔芸など専売なり。・・・
 と。東京のお客に受け入れたようだが、記事の中に顔芸とあるのはやはり、鬼の詩の馬喬が顔面の痘痕にキセルをぶら下げたが、米喬も同じような芸を披露したということだろうか。
 ところで、米喬を馬喬と替えているのは東京の蝶花楼馬楽、晩年精神に変調をきたし「狂馬楽」と言われたのにひかっけているのではないかと思うのだが。
  

   


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2016年03月12日

鰐皮の瓢箪

 藤本義一の直木賞受賞作「鬼の詩」
 主人公は桂馬喬という狂気の噺家だがモデルがいて、桂米喬がそれ。もともとは古物商だったが26歳で桂文我に入門した。その後、文団治門に移って、米紫、その後2代目米喬となった。
 鬼の詩ではかなりの狂気の人だが、真実はどうだろう。
「 ・・・大痘痕の故に鰐皮と称ばれて高座に花を添えおりしが、一昨夜は第一此花館と永楽館にて崇禅寺馬場、踊深川、賑江亭にて、小倉船を演じたるものこの世の饒舌納めなり・・・」と、明治37年5月26日の大阪毎日新聞に記事がある。さららに同記事に「・・・同人の自宅は南区高津町9番地にて男女二人の遺子ある由」とあって、鬼の詩では子供を失くしているがそうではない。落語家としては「落語寂寞の今日同人を失うこと惜しむべし。思うに三友派にとっても少なからぬ打撃ならん」だから高い評価を得ていたことになる。
 天然痘に罹って大きな痘痕はできたが、それにキセルを掛けるような芸に走った痕跡はない。と言って、彼がまっとうな芸人であったという証はない。
 それから落語「不動坊」に長屋の住人でお滝さんに横恋慕している漉き直し屋の徳さんと言うのが出てくる。金貸しの力吉が徳さんを評して「鰐皮の瓢箪」と言っている。
 続桂米朝上方落語選の(不動坊)の解説にはそのことは触れられていないが新聞記事に照らし合わせると徳さんも天然痘に罹ってその痕が顔に残っていたとみるのがいいように思う。
 文我出席控えを見て行ったらひょんなことで面白いことに遭遇できる。また、何かあった紹介します。

   


Posted by 彦八 at 21:31Comments(0)

2016年03月08日

不倫暴露?文枝師匠

 桂文枝師匠の不倫暴露で賑々しい。
 いつだったか、坂田藤十郎氏がホテルの部屋から下半身を出して出てきたことがあった。部屋には芸伎さんがいたのだ。けれど、大物は違います。平気の平左。世間も(マスコミも)それっきりでした。それって不倫と言うのだろうか?言葉は悪いが遊び。遊びと言っても金を積んで、相手の人格を踏みにじるのではない。花街の芸伎さんたちは世話になっている旦那がいるがそれがどこの誰か決して口外しない。それが決まりなんだから。
 相手の女性も自分の年齢を考えたらここが最後と一勝負したくなったのだろう。
 文枝師も人の女性にしておけば良かったのに。
  芸の為なら女房も泣かす
  それがどうした、文句があるか
 と開き直ってみるのも一考。結果はずっと先のこと。

  


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2016年03月07日

認知症予防に大正琴を始めました。

 このところ、
「あの人の名前は・・・・ええ・・・」
 なかなか出てきません。これは困った。認知症対策を何か始めなければと大慌て。落語は昔なら、初めからお終いまでを繰り返し繰り返して覚えたんですけど、今は一辺聞いたらだいたい頭に入るというか、口から出るので、脳は使っていないようなんです。で、
「もっと脳を使う何かを、そうそう楽器がええらしい。何をしよう」
と言うので始めたのが大正琴。
 練習してそのうち、船頭小唄なんかを披露したいと意気込んでいますが、家族の
「果たしていつまで続くか?そのうち飽きてしまうのではないか」
 そんな冷ややかな視線を感じないわけにはいきません。
   


Posted by 彦八 at 21:11Comments(0)

2016年03月06日

 大日寺寄席 ありがとうございました。

 今日は今年第1回目の「大日寺寄席」でした。 
 集合は11時半。時間があったしコンパネの余りがあったので看板を作りました。墨汁で黒々と、
「大日寺寄席」
 何ともかとも個性的、端的には悪筆だが、まあ、味があると言えば味がある看板文字。
 今日の出し物は、
 和歌亭萬年  仏師屋盗人
 関大亭忍狂  死神
 あつみ会   三味線演奏
 上田住職   法話
 ホームは有り難いものでお客さんは少ないけれど楽しい一日を過ごせます。
 楽屋は阿弥陀様、お不動様と一緒で、下らんことを言うてはゲラゲラ笑って、まあ失礼なことです。
 小学生が真ん前に座ってくれて、落語、三味線は最後まで聞いてくれたのですが、住職の法話が始まる寸前に退席・・・ああ、なんてことをと思ったが仕方ありません。ほんまの話、法話が実は面白いのですがね。
 会が終わって、片付けが終わってティータイム。供物を頂きながら、昔の葬式は座棺であったので、硬直した遺体を納めるには力ずくで脚がボキボキ鳴っただの、穴を掘るのが大変だっただの、折角掘った穴に急に降り出した雨がどんどん入って、棺桶が浮いてこないように竿で押し込んだだの、土葬の頃の葬式道具一式が残っているだの結構なお話を聞くことが出来ました。
 次回の大日寺寄席は6月5日です。
 以上。
  
   


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