2016年04月24日

 寄席の後はぜんざいで・・・

 4月24日、つまり今日はひるさがり亭4月席でした。
1時開演。客席は常連さんに交じって見知らぬ着物美女が二人。 「おお、誰やろ?」
「一階で着物愛好会の会合でもあるのか?」
など一人喧々諤々。
 今日はトップバッターだった。出番後は出入りの太鼓を打ったり、はめCDを流したりしたが、心はいつもより軽かった。
 萬年さんが終わったところでお客さんを送り出した。例の着物美女にも愛想したが我ながら浅ましいなと思った。
 さてその美女だが、
「ずっと前に店に来てくれて、今度、落語会がありますというたら、きっと 行きますというてくれてたんよ」
 どこの方か知らないけれど、約束守って来てくれたらしい。
 そういうお客さんもいるのですね。有り難いことです。
 そうそう、洗濯機のお客さんも来てくれていて、
「洗濯機、調子いいですか」 
「はい。よく回ってます」
でした。
 
 ぬりもの館の寄席も今年が四年目。
 徐々にだけれど受け入れてもらっているなぁとしみじみ思いながら、
 寄席の後、カフェでぜんざいを食べて帰った。
 
   


Posted by 彦八 at 19:26Comments(3)

2016年04月17日

 ひるさがり亭 4月席予告

 ひるさがり亭 4月席
 ○ 4月24日 日曜日 午後一時開演
 ○ 黒江ぬりもの館(ホームページあります) 二階ギャラリー
 ○ 演目
   時うどん    関大亭忍狂
   良弁杉     ひさご亭江香
   算段の平兵衛  和歌亭萬年

 三月のチラシでは四月は講談大会とお知らせしましたが演者の都 合で見送りとなりました。機会を設けていずれ開催したいと思っております。その節はよろしくお願い致します。
 と言うことで相も変わりませんメンバーとなりました。  


Posted by 彦八 at 15:39Comments(3)

2016年04月06日

 桜もやがてはちりとてちん。

 今日、ある所の退職者の懇親会があって、そこで落語を聞いて貰いました。
 ある地域の老人会に呼んでいただいたのが切っ掛けで知り合いになったIさんの紹介でした。
 たまたま、そこの会長と言うのがやっぱりI君で高校の同級生と知ってびっくり。
 会場には参会者の皆さんが来る前に行って舞台のセッティングが終わったところで、I君たち一行が迎えのバスで到着しました。
 「おお、久しぶりやな」と言葉を交わしました。I君とは友達の友達でそれほど親交があったわけではないが、しかし、それでも同時代を同じ学校で過ごした仲間には違いはなく、懐かしかった。けれど、I君は職員組合を頑張って、その延長で退職者会の会長に押されるだけあって、ええ大人のおじさんになっていた。
 会は本年が55回目のと言うことで特別なイベントをやろうというので私を呼んでくれたという。毎年、何らかの出し物があるんだろうなぁと思っていたのに。
「こんな記念の場に私みたいなものが呼んでもらっていいのでしょうか」
 と本心を述べて、ちりとてちんを聞いて貰った。
 外は満開の桜。内緒だが、一昨日、そこに、一歳半の孫娘を連れて来たばかり。桜の枝をゆすっては人工の桜吹雪を降らせたら孫娘の喜ぶこと。
 明日は嵐らしい。人工の桜吹雪どころではない。きっと散ってしまうに違いない。
   


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2016年04月02日

イノシシ退治に加齢臭!

 イノシシが出没しては山や畑を荒らしていく。昨年、挿し木して育てたアジサイの苗も移植した二日後、すっかり食べられてしまった。
 春になっていよいよ野菜を植えようと畝立てをした。
「待てよ。また、イノシシやシカ君が来たら大変だ。まずはカカシを作ろう」
 昨日、家の中にある、これは着ないだろうという衣類を使ってカカシ?を作ろうと思い立った。
 まずは竹を割って輪にして小生の肌着を縫いつけていくのだが、奥方が、
「加齢臭の匂いが漂うね」
 など言うもので、クンクン嗅いでみたら確かに洗剤の香りの奥底に得も言われぬ加齢臭の匂いがする。
「おお、これはいいぞ」
 イノシシや野生の動物を追っ払うのに人間の髪の毛が有効だと聞いた。ならば、髪の毛以上のこの加齢臭はきっとイノシシ撃退に役立つはず。完成して目と口を書き入れたところで鼻が無いのに気が付いた。写真が完成作品。結果はまた後日お知らせします。
 製品化された暁のためにネーミングもしました。
 名付けて「こりゃ、かなわんわい」
  


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2016年04月01日

 懐かしの小染さん

 5月のぬりもの館で「太鼓腹」を掛けようとユーチューブで久方ぶりに小染さんを聞いた。もっちゃりした噺口調が懐かしかった。
 「ヤングおーおー」にも出ていたなぁ、なんて過去の人になっている。
 年譜によれば 1947年6月11日生まれ。もし健在なら69歳になる。
 亡くなったのが1984年1月31日。交通事故でそれもトラックと相撲を取るというて自ら道路に飛び込んでトラックにぶつかったのと言うのだから尋常ではない。享年36歳というから何とも駆け足の人生だった。日本人の平均寿命が世界一になった年だった。
 今、大学卒業、あるいはそれと同等の噺家が多い中、天王寺商業高校の定時制の中退と言うのが何ともうれしい。昔ながらの噺家気質を持った人間にとって新時代で生きづらくなったのか、そんな気がする。
 上方落語会にとって大きな損失だったなぁと今になって思う。
 
   


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